ママに懺悔
昨日はほとんど泣きませんでした。
勘当されたことが、どんなに切ないかはっきりとはわかってませんでした。
反抗心もありました。電話で出産に賛成できない、その理由を聞かされて怒られて多少うんざりしていたんだと思います。
今日は区役所にいって、実家から彼と住んでいる家に住所を変更しました。
もう実家側の区役所にはめったに行かなくなるんだと思うと、それすら悲しい気持ちになりました。
転出と転入を終えてから、母子手帳をもらい、いよいよわたしもお母さんだな、と思うと少し気分が良くなったのに、その後すぐに自分の履いているスカートが、ついこの間、ママと池袋で買ったことを思い出しました。
思えば、毎年春夏秋冬なぜかママはわたしと池袋で買い物をして、自分の服なんか1枚も買わずにわたしの服ばかり選んでいました。
わたしが少し太った時期は、体型があまり見えないようなの買おう、ってゆったりしたブラウスやワンピースを買ってくれました。
その後痩せたら、痩せたむぅちゃん(わたしのこと)に服を買うのが楽しいと言って、たくさん買ってくれました。
いつでも1人娘のわたしを愛してくれていたことは伝わっていました。
もちろん、出産に反対しながらでも…そこに愛があることはわかっていたのに…。
妊娠してから一度だけ、彼とわたしと母の3人での話し合いの場を設けました。
それはたった1時間ほど、ホテルのカフェのようなところで。
母は顔を歪めて泣く瞬間もありました。泣き虫な母のこと。泣く姿は何度も見ましたが、こんな風に泣くのを見たのは初めてでした。
その時に手渡された紙袋には、母の作った苺ジャムと、わたしが実家にいた期間に母に生活費として渡していたお金が入っていました。
お金はわたしが渡していた金額よりずっと多かったです。母が足してくれていたんだと思います。
自分は本当になんて親不孝なんだろう、と思います。
どうしたらよかったのか、と悩みます。
だけど産むことをやめると言えない。
向こう何年か、もしかしたら10年以上、わたしは両親に会えないのかもしれません。
10年後だとしたら、母は56歳。少しぽっちゃりなママ。体が心配です。
でもそんな心配をする資格さえ、今の自分にはないのです。
歳を取っていく姿を見れない、見せられない、このせつなさったらないですね。
全ては自分が招いたこと。
このブログを書きながら1人泣いていますが、ずっとはメソメソしていられない。
前向きに、自分を信じなくては。
土日はゆっくりとお花見でもしたいなと思っています。
ママも綺麗な桜、見れていますように。